【小説】「UFOと親父⑧」
目的地の○×駅までは、荻窪で地下鉄に乗り換えることになる。日野駅から荻窪までの区間、中央線各駅東京行き各駅停車の車両に揺られながら、僕はこれまでの事件に思いを巡らせていた。
一体何だというのだろう。盆暮れ正月、ついでにゴールデンウィークとハロウィンが一緒にやってきたような、このあり得ない状況は何なんだ?どこをどう間違ったらこのような珍事件に発展していくのか?まるで滅茶苦茶である。いまどきマンガでも、こんな展開はありえない。
僕の親父は真面目だけが取り得の、四角四面の銀行員だった。親父は高度成長期を生きた典型的な会社人間―それだけがアイデンティティの人間だったはずだ。「UFO」とか「TVCM出演」とか「CDデビュー」とか、まったくもって親父に似つかわしくない。そんな珍事件が次々と親父の身に降りかかっている。
一体どうしてしまったんだ?当たり前に過ぎていくだけだった、あの平凡な日常はどこへ行ってしまったのだ?僕が32年の生活の中で築き上げた世界や人生に対するパラダイムは、ここ数ヶ月の間にガラガラと音を立てて崩れ去った。まったく予想のつかない事件が毎日、いや毎時間というスパンで起こり、僕の思考スピードを遥かに上回るスピードで事態が進行していく。今や僕は、趣味の悪い夢の中に閉じ込められているような気がしている。目の前に存在している世界に、全く現実感を感じることができない――
などと物思いに耽っていたら、荻窪駅を通り過ぎてしまった。「しまった」と思ったが、約束の時間までは十分に余裕がある。僕は高円寺駅で電車を降り、新高円寺駅まで歩くことにした。思えば、タマエの家から逃げ出したあの日以来、この街に近付くことさえなくなっていた。少々センチメンタルな感傷に浸りながら、僕は高円寺の決して綺麗じゃない街並みの中を歩いた。
高円寺というのは東京の中でも特殊な場所である。この街には新宿や渋谷、六本木などに見られる「東京らしさ」が全く無い。一般的な東京のイメージとはかけ離れた街なのである。このような空間が、23区内の、中央線のど真ん中に存在していることは宇宙の神秘としかいいようがない。
高円寺は貧乏人の街である。この街は貧乏人の文化によって支配されている。この街の住民に呑まれている酒はビールと焼酎と日本酒だけだ。ビンテージワインやロングカクテルといった、洗練されたアルコールはその存在が許されていない。女性に好まれるような、こ洒落たバーなどは皆無である。
高円寺に存在するのは居酒屋である。居酒屋、居酒屋、居酒屋・・・どこまでいっても居酒屋である。地平線の先まで居酒屋が続いているかのような錯覚を覚えるくらい、この街には居酒屋が乱立している。言うなれば、高円寺という街自体が巨大な居酒屋なのかもしれない。その証拠に、この街の住人は全員が酔っ払いだ。
数年前、僕もその「酔っ払い」の一人だった。狂気と陶酔と乱痴き騒ぎの毎日の中、ふいに襲われる将来への不安と孤独を味わいながら、僕は音楽活動を続けていた。
続く
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 【小説】「UFOと親父⑪」(2008.05.16)
- 【小説】「UFOと親父⑩」(2008.05.14)
- 【小説】「UFOと親父⑨」(2008.05.13)
- 【小説】「UFOと親父⑧」(2008.05.10)
- 【小説】「UFOと親父⑦」(2008.05.03)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/141249/20879125
この記事へのトラックバック一覧です: 【小説】「UFOと親父⑧」:
コメント