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【小説】「UFOと親父⑨」

 この街を歩いていると、あの頃のことが脳裏に蘇ってきた。

 極めて自堕落な生活だった。思い出してみて、少しぞっとした。僕とタマエとタマエの友人と、バンドのメンバーは、毎日夜通し酒盛りをして、そのまま寝てしまって午後3時過ぎに起きて、起きるとまた冷蔵庫からビールを取り出して飲んでいた。要するに毎日酒ばかり呑んで生活していた。曜日感覚は完全に失われていた。まさに毎日が日曜日だった。
 あの2年間、僕は殆ど働いた記憶がない。タマエの家にはいつも人が5、6人居座っていて、皆で共同生活しているような感じだった。家の中に千円札や500円玉が沢山入った紙袋があって、居候は皆、金が必要になった時はそこから持ち出して生活していた。金がなくなる頃には誰かが土方やらティッシュ配りやらの日雇いバイトをして、紙袋の中に金を入れていった。そんな感じであの奇妙な生活空間は成り立っていた。

 僕は名目上「タマエの恋人」ということになっていたけれど、デートだとか、キスだとか、恋人らしい事を殆どしたことがなかったような気がする。肉体関係もあったのかなかったのか思い出せない。家の中にはいつも他の居候がいて、その気になるような雰囲気ではなかった。

 タマエの家でヒモ生活をしながら僕は、毎日毎日音楽のことばかり考えていた。

「どうしたら音楽で世界を変えられるか?」

 という自問自答を続け、自分をひたすら追い込んだ。僕は部屋の片隅で毎日指先が麻痺するまでギターを弾いていた。いつも焦っていた。「好きなことだけに集中する生活」という、とても贅沢なモラトリアムをタマエから貰っているという負い目があって、それが僕にはプレッシャーだった。僕は毎日のように「どうして皆俺の音楽を理解しないんだ」「この国の人間は糞だ」「皆死ねばいいんだ」とかいう愚痴ばかりをこぼしていたけれど、タマエはそれをいつも微笑みを浮かべて「うん、うん、そうだね。」と相槌を打ちながら聞いていてくれた。タマエは僕の全てを受け入れてくれた。タマエはいつも聖母のように優しかった。

 けれどもタマエは、僕の音楽を褒めてくれたことだけは一度もない。

 多分タマエは僕が挫折することを知っていたんだと思う。いつか僕が逃げ出すことを、彼女はわかっていたのだ。あの家にいた連中の話によれば、若い頃のタマエは有名なバンギャルで、色んなバンドの追っかけをやっていたらしい。そのバンドの中にはバカ売れした奴等もいたし、全く売れなかった奴等もいた。覚醒剤で捕まったり、淫行で訴えられた奴もいたそうだ。タマエは産まれては消えて行く無数のバンドマンたちの生き字引のような存在だったのだ。タマエは音楽についてその辺のバンドマンよりも深く理解していた。だからきっと、僕に音楽の才能がないことを、タマエは誰よりもわかっていたのだ。

 高円寺の街を歩きながらそんな事を考えていた。ぽつぽつと居酒屋のネオンに明かりが灯り始めるころ、霧雨が振り出した。僕は雨に降られながら駅の方へと歩いていった。郷愁と罪悪感が織り交じった妙な感情が胸に沸き起こって、僕はなんだか泣きそうになった。年をとると涙もろくなっていけない。近頃「隣のトトロ」を金曜ロードショーで見るだけでも涙腺が緩んでしまうのだ。


続く

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