【小説】「UFOと親父⑪」
親父の会社の同僚だという女性―彼女は「山内ひとみ」と名乗った―が、喫茶【あたたか】で語った内容に、僕は激しく狼狽した。
彼女の言葉によって、これまで抱いてきた様々な疑問の答えが出た。僕は会計を済ませ、彼女に軽く会釈をすると、ふらふらとした足取りで喫茶【あたたか】を後にした。先ほどまで小ぶりだった雨が本格的に降り始めていたが、僕は傘をさす気にもなれず、濡れながら駅の方へ歩いていった。
「アルツハイマー…ですか・・・?」
僕は、手にしたコーヒーカップを震わせて聞き返した。山内ひとみは真剣な眼差しで僕の目を見ている。
「はい、そう思います。方丈さん、去年あたりからちょっとおかしかったんです。以前は滅多にミスをしない方だったんですが、この頃物忘れや間違いが多くなってきて…本人も悩んでいたみたいです。」
【あたたか】のコーヒーは泥水のような味がした。相変わらず、この喫茶店のメニューはどれも不味い。とてもではないが480円の価値はないなと思った。
「実は、方丈さんには再就職先が用意されていたんです。方丈さんは皆からとても慕われていましたし、上層部もその実力を認めていましたから。新しく開設された一般消費者向け金融商品事業企画部の、スーパーバイザーとして退職後も力を貸して欲しいと上層部は打診していました。それを方丈さんは”自分はもう限界だから”って断ってしまって…私が思うに方丈さん、自分でも気付かれていたのではないかなと…。」
なんという事だ。親父はまだ60歳である。痴呆を発症するには早すぎる年齢ではないか…だが、若年性アルツハイマーという可能性は十分にありえた。親父がアルツハイマーだとすると、一連の馬鹿げたUFO騒動にも説明がつくのだ。
親父はウソが大嫌いだ。「宇宙人に攫われた」などという子供じみたウソをつくような男ではないのである。にも関わらず、親父は一貫してUFOに遭遇したと主張し続けている。親父はウソをついている訳ではないのだ。親父の頭の中には、確かにUFOと遭遇したという事実が存在しているのである。
親父は自分がUFOに遭遇したのだと心から信じている。だから親父の主張には寸分のブレもなく、一貫していた。親父の言葉には、人を信じ込ませてしまう強烈な説得力がある。その説得力は、潔癖なまでにウソが嫌いで、誠実さを人間にとって一番大切なものだと信じて疑わない親父の人格から発せられているものだ。その人格と、親父を襲ったアルツハイマーという病―この2つの要因が重なった為に、多くの人が親父の主張を信じてしまった。このことが、今回のUFO騒動を巻き起こしてしまったのである。
ウソをついていたのは親父ではなかった。たった今病に冒されつつある、親父の脳味噌だったのだ。
自宅へ向かう電車の中で、吊り革に摑まりながらそんなことを考えた。
この事は母にも伝えなければならない。もしかすると、もう気付いているかもしれない。親父の一番身近にいるのは母なのである。僕は、母に心当たりを確かめてみることにした。
ふと、吊り広告に目をやった。
相変わらず週刊誌は「UFOおじさん」の話題で持ちきりだった。
続く
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