迷い

 見当違いのことをしているという感覚が抜けない。
 自分のやっていることのピントがズレている、ずっとそんな感覚に捕らわれている。猛烈に忙しい。周囲の要求を処理することで精一杯になってしまっている。本当は何がやりたいのか、考える暇も与えられないまま休日は終わってしまい、怒涛の毎日が始まってしまう。

 今の自分の状況に不満を言うことが、どれだけ贅沢なことかは痛いほど自覚しているつもりだ。とても多くの人に支えられて、なんとか経済的に自立することができたのだ。感謝しなければいけない。不満など言ってはいけない。そうやって自分を責め続けている。

 けれど不満は溜まる一方だ。

 こんな状況にも慣れるんだろうか。本当に慣れてしまっていいんだろうか。わからない。頭でいくら考えても答えは出ない。この状況から逃げ出したいと悲鳴を上げている自分がいる。けれども一度会社に出てしまえば、僕は鋼鉄のように強く、どのような困難にも立ち向かっていく。与えられた課題を黙々とこなしている。
 
 どちらの自分が本当の自分なのか。このところずっと混乱しっぱなしだ。思考がまとまらずに困っている。

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自戒

 映画俳優は、スクリーンの内でのみ二枚目であればよい。そのかわり、スクリーンの中では他の誰よりも二枚目であらねばならない。日常生活がどうであれ、観客に夢を与えることができればそれでよい。
 完璧を求めるな。完璧を求めると、人は挑戦することをやめる。自分に完璧を求める人間は、常に完璧でなければ自分を信じることができない。些細な失敗で自らを責め、自信を失い、新しいことに挑戦していく気持ちを失う。
 失敗は脅威ではない。失敗を恐れて挑戦しなくなることこそが最大の脅威である。挑戦しなくなったとき、人は老いる。挑戦しなくなった瞬間から人は死に始めるのである。

 周りの空気に呑まれて自分を見失うな。常に自分のやりかたを貫け。他の誰かのやり方では、大きな成果を出す事などできはしない。馬鹿にされようが、笑われようが、己に固執せよ。そこにしか道はない。他人のやり方を真似たところで凡庸に終わるのみである。凡庸から逃れる方法はただ一つ、徹底的に自分自身であることだ。

 怖れるな。挑戦して失うものなど何もない。心の底から「正しい」と感じたことは常に正しい。振り向かずに前に進もう。
 常に答えは自分の心の内にある。他人の言う事に耳を傾けるな。

 自分の判断を、信じよう。

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「書く」ということ。

 僕が小説を書く理由は、主に「手柄を独り占めできる」からだ。

 音楽活動は、どうしても他者の力を借りなければできない。打ち込み音楽なら一人でもできるが、ライブをやるとなると一人ではまず無理だ。箱の手配から準備、広告を打ったりお客さんを呼んだりなどしなければいけない為、人間関係がどうしても避けられない。音楽活動はチームプレイが基本だ。だから、どんなにいい曲を作っても、どんなにいいライブを演っても「皆の力、チームの力」であって、自分だけが評価されるということは無い。
 
 音楽活動をする人の口からは、事あるごとに

「私がここまでこれたのも、皆さんのお陰です。本当に感謝しています。」

 という言葉が出てくる。これは決して奇麗事やおべっかではない、本心から出た言葉であろう。音楽活動は他者の協力無しにはまず無理だからだ。イベントを成功させたり、いいアルバムを作るのは絶対に一人では無理だ。必ず他者の協力を必要とする。

 天誅活動をしている時、この事が非常にストレスになった。僕は、何かで成功した時、

「私がここまでこれたのは、誰のお陰でもありません。全ては私一人の才能と努力によるものです。だから誰にも感謝していません」

 と言いたくて仕方がない人間なのである。音楽活動では、この願望は絶対に満たされない。どんなに成功しても、その影に誰かの力が介在しているからだ。音楽活動を続けていると、足を向けて寝られない恩人がどんどん増えていく。それが不満だった。僕はいかなる方向にも足を向けて寝られる自由を心から欲しており、自分一人の力で何かを成し遂げたいと心から願っていた。

 この点小説はいい。誰の力も借りずに作品を仕上げることができる。必要とされているのは己の才能と汗のみであり、いい作品を書けば手柄は完全に自分のものである。小説には自分以外の人間の力が介在しない、完全に自分だけの力で成し遂げた成功を得られる可能性がある。今のところ、これが僕にとっての小説の最大の魅力だ。
 が、厳密に考えていくと、やはり小説も自分ひとりの力では書けない。ネタを集めようとして取材を行えば、取材先に対する感謝の気持ちが芽生える。誰かにアイデアを求めればその人の色が混ざってしまうだろう。例えば友達をモデルにキャラクターを作ってしまえば、その友達無しには作品は完成しなかったことになるから、友達への感謝の気持ちが芽生えてしまう。
 プロになってしまうと、もっと話は複雑になる。作品が、自分の頭の中から読者の手に届くまで、何百何千という人の協力が介在してしまう。やはり、誰の力も借りずに何かを成し遂げるということは不可能なのか。

 この宇宙に存在する、全てのものはどこかで繋がっている。人間社会もこの絶対法則の内にある。人と人は「縁」というかたちで複雑に絡み合い、生態系的なシステムを構成している。知らず知らずのうちに僕達は何かを交換し合い、誰かの力に生かされている。いかなる強者も自分ひとりの力では、生存すらままならない。どこかで誰かの力を必要としているのである。だから、感謝の気持ちを忘れてはならない。「自分ひとりの力で生きている」と思い上がると、必ずどこかで人生に破綻をきたす。

 
 僕は、この宇宙の絶対法則の存在が少し不愉快だ。
 何故かと言うと「当たり前すぎてつまんない」からである。

 

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一筋の光

 何を信じていいのかわからない暗中模索の日々
 最早何を求めていたのかさえ曖昧になってきている
 自分の限界を理解しそうになる自分がいる
 その壁を打ち破ろうと足掻く自分がいる
 笑顔ばかりではいられないけど、絶望してしまうほどの気分でもない
 義務と要求に忙殺される日
 それだけはごめんだと思っていたもの
 いつしかそれなしではいられない体になってきている
 あれほどまでに自由を求めていたのに、今は違う。
 曖昧さの中で一筋の光を感じている。それだけを頼りに前に進む
 不安を打ち消しながら、一歩一歩歩いていく
 それだけでいいんだ。もうそれだけでいいんだ。
 自らの下した決定の正しさを信じながら 
 無限のリスクの海の中に飛び込んでいけ
 暗闇の向こう、微かに見える一筋の光
 それだけを頼りに泥沼を進むのだ

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喪失

 数え切れぬ挫折と喪失の先に、見えるものがあるはずだ

 何度潰されても立ち上がるのだ

 今はもう、何をすればいいのかさえわからないから、目の前の現実をただ見ていよう

 何も変えられなかったが、できることは全てやってきた

 これからもそれを見つけるだけだ。できることを見つけて、実行していく

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変化

 時代の流れにあわせて、我々を取り巻く環境は急速に変化していく。人間はその変化に対応していかなくてはいけない。環境は変えられない。人間が変わっていくしかないのだ。
 これまで僕は、時代や環境の変化を押し留めようと必死で戦ってきた。そして、その全ての戦いに敗北した。人間ひとりの力は恐ろしく無力だ。何一つ、一人では変えられないのだ。才能も努力も、力を発揮できる環境や舞台が整えられていて、始めて意味を持ってくる。例えば、イチローの成功は「野球」という存在に依存している。野球という舞台がこの世から消滅すれば、イチローの持つ才能も、これまで行ってきた努力も、全てがまるで無意味なものと化してしてしまうだろう。一人の人間の持つ才能や努力というものはそのくらい儚く、淡いものである。成功の鍵を握っているのは99%が環境、即ち舞台の力だ。この現実を受け止めた上で、人は自らを高めていかなくてはならない。

 人間は時代の気まぐれに翻弄されるだけの哀れな存在だ。だが、それでも人は希望を捨ててはならない。山が動かせないならば岩を、岩も無理ならば小石でも良いから動かしていくのだ。「絶望」は「死」だ。人間は絶望するとその瞬間から死に始める。死なないために希望を抱き続けるのだ。

 何一つ思い通りにはならない世界にあっても希望を捨てるな。
 生き残るために、ただそれだけの為に希望を抱き続けよう。

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強くなれ

 強くなるのだ。 生き残るために、殺されないために。

 そこから始めてみよう。思い通りにいかぬのが人生の理。幸福も不幸も成功も挫折も、全て自分のものとして受け入れろ。何があっても理想を捨てるな。目標にしがみつけ。生きて、生きて、生き抜くのだ。一向に先の見えない未来を、手探りで泳ぎきれると信じよう。
 「信じていれば夢は叶う」なんて嘘だ。そんなに甘くはない。何かを手に入れれば何かを失うのが道理で、結局のところは一歩も前に進めない。それが生きるという事だ。あまりにも苛烈で、残酷な真実だ。
 それでも希望を失うな。何一つ思い通りにいかなくても希望を失うな。何かを手に入れるとは、あまりに強大な力に一瞬でも打ち勝つという事だ。現実の持つ重力に打ち勝ち、本当の意味での成功を手に入れるまでの道のりは長く険しい。
 これまでの経験から、僕は知っている―安易に手に入れた成功には大きな税金がかかるという事を。これは原則だ。楽して成功を手にした者は必ずゼロに戻される。冷酷で無慈悲な、運命を司る女神の目をごまかす事はできないのである。

 なんという厳しさだろう。小さな頃に想像していたよりも、世界はなんと厳しく、残酷なのだろう。夢や目標を持てば、必ずその何百倍もの挫折を味わう。それが真実だ。僕は幾度となく挫折を味わってきた。数え切れない程の挫折を味わった。それでもまだ生きている。それでもまだ死にたいとは思わない。1%でも可能性が残されていれば僕は絶望しない。何度でも立ち向かう。極限まで自分を研ぎ澄ます。笑われたっていい。誰にも信じてもらえなくてもいい。それでも最後まで僕は、自分を凡庸な人間ではないと信じようと思う。
 この信念の糸が切れたとき、僕は僕でなくなるのだ。殺されるのだ。誰かの操り人形になって操作されるのだ。操り人形としての僕は出来そこないだ。僕はきっと何一つ出来ない人間に成り下がるだろう。それを知っているからこそ、あくまで僕は、自ら自分の人生を決定していこうと思う。

 人生の最後まで、君主でいたい。
 自らの人生を支配する絶対者でありたい。

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就職活動 2

人気投票♪ご協力お願いしますー!

「就職活動」などと言うとなにやら縁の薄いものに感じるが、考えてみれば僕は大学を出てからの6年間、ずっと就職活動に属する行為をしていた気がする。常に仕事を求めていた。編集者に会えば名刺を渡し、マイミクになってくれとせがみ、原稿を出版社に持ち込み、作品を投稿する…考えてみれば、この6年間の人生の全てが「就職活動」であった。
 その殆どに失敗したところをみると、僕は就職活動がとてつもなく下手糞らしい。どうもよくわからないのだ。僕は世間一般で言われている「自己PR」という事と「やりたいことを探せ」という事が、未だに理解できない。

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短編小説「就職活動」

就職活動の所信表明に変えて、私小説を書き綴ってみました♪

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-----------------「就職活動」------------------------------------

 履歴書を書き殴った。
 スーツを着た。
 証明写真を撮った。

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短編小説♪

なんだかモヤモヤして、うまく伝えられない想いを小説で表現してみました♪
ヒマなら読んでください!!!えへへっ♪(最近「♪」に凝っている)


人気投票です。クリックお願いしますー!

   
       ---短編小説「どんづまり♪」---



 最早どうにもならぬ。
 金が、である。

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これもちがう。

 ちがう。
 何かがズレている。これをやりたいわけではない。これを続けられる自信も無い。どこかで仮面を被っている。あるがままの自分で勝負しない限り、何も見えてこない。

 堂々巡りを続けるしかない。同じところをくるくると回り続けるしかない。それでいいと思った。それでいいと願った。

 これは逃げか?それとも前進か?答えは見えない。常に暗中模索だ。

 立ち止まる。進む。立ち止まる。進む。どこまでもわがままに生きるしかない。ありとあらゆる方法を模索した先に、何か見えるかもしれない。数え切れない後悔の先にしか掴めないものがあるかもしれない。

 まだ実験だ。いつまで実験をしているんだと言われても仕方ない。「あるべき形」を掴むまでは実験あるのみだ。

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ちょいとおやすみ♪

 次の回、ちょいと論理構成が難しいので明日まで待ってくだされい。僕の1日分の論理構成キャパシティを超えていきやがりました。まだまだ未熟者です。これからも鍛えていきますので、気長に付き合ってやって下さい♪

 たまには本線シリーズとそれて、愚痴でも書こうw

 まあなんというか、作家モード入ると偉そうなこと言ってますが、僕ちゃんも悩める青年のひとりですよ。 本ブログでは「仕事」ってテーマが頻出するんですけど、こいつはホントにやっかいなシロモンであります。

 好きなことをして生きてくってのはすんげー難しいです。僕らくらい(29歳)の年になると、周りも皆諦めてきて、周囲の要求に大人しく従う歯車モードに入るか、仕事なんてどうでもいいから遊んでればいいやみたいになるかどっちかなんですが、うざいっすねえ本当に色々。
 若い頃はなんでも力でねじ伏せられるって思ってたけど、さすがに今はそうは思わないもんなあ。時代とか、環境の力に流されて生きるだけって感じ。僕がしてることってホントに「最後の抵抗」だ。

 己の無力さには腹が立ちますよ。なんでもっと自由になれないのか?なんで毎日毎日くだらない事ばかりに関わっていなけりゃいかんのか、悩みは尽きません。幸いこのくらいで潰れてしまうようなヤワな精神はしてないので、それなりに楽しく生きられてはいますけど。

 僕は本当に、他人の目標とか情熱はどうでもいい人間なのです。誰かの熱意が僕に感染することはこれからも一生無いでしょう。僕は僕の目標と情熱を追求するだけで精一杯だ。「やさしさの欠片もない人間」かもしれないし「器の小さい人間」かもしれない。でもそれでいいんです僕は。多くの人と目標を共有するすることは僕にとっては苦痛でしかない。一体感なんていらないのです。僕が欲しいものは、己の目的に可能な限り近付くという、その一点に絞られています。

 自分の境遇には常に不満があります。僕はその不満を忘れたくない。「当たり前のこと」として受け入れたくないんです。最後の最後まで戦っていたい。可能な限り最大限の自由を体験するということがひとつの目標であります。

 このくらいの年になってくると、いよいよ社会の締め付けも厳しくなってくるんですが、僕とて指を咥えて傍観してるだけではありません。自分の出来うる限り、力は蓄えてきたという自負があります。今後とも力の限り戦っていきますので、どうぞよろしくお願いしますなのでありますよウヘヘ♪


 うおーーーーーー
 何も考えないで書くとぐっちゃぐちゃやん!!!!!!!!!!!!!!
 まだまだだなあ・・・

http://blog.with2.net/link.php?575677 

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