【小説】「UFOと親父⑮」
ある日、タマエに出会った。
中央線高尾行き各駅停車の車内だった。高円寺駅に電車が止まり、出入り口のドアが開いた瞬間、乗り込んできたタマエと目が合った。
「あら・・・ひさしぶり。」
あまりにそっけない「ひさしぶり」だった。恨み節の一つでも言われるかと思った。僕はタマエの家から黙って逃げ出したのだ。それ以来タマエとは音信不通だった。僕のことを恨んでいて当たり前なのだ。
それなのに、僕を見つけたタマエのリアクションは、1ヶ月会っていない友人にばったり出くわした時のような軽いものだった。どの面下げてと思われるかもしれないが、なんだか少し寂しかった。
10分後、僕とタマエは阿佐ヶ谷の居酒屋で再開を祝っていた。何となくそのまま「サヨナラ」が出来なくて、僕の方からタマエを呑みに誘ったのだ。「焼け木杭に火がついた」訳ではないが、親父の件で高円寺を歩いた日から、度々タマエといた頃の事を思い出すようになっていた。多分「タマエの事」というよりも、断絶したもうひとりの僕の事が気にかかっていたのだ。
8年前、タマエのマンションから逃げ出した僕は、同時に自分の夢からも逃げ出した。僕の「ミュージシャンになる」という夢は、本当にあれで終わりだったのだろうか?親父のこともあって、近頃そんな事をよく考える。確かに、あのまま音楽活動を続けても、プロのミュージシャンになることはなかったと思う。けれども、プロになる事だけが僕の夢の全てだったのだろうか。もっと他にやるべき事があったのではないだろうか。
何か、まだ決着がついていない気がするのだ。親父は【宇宙人と友達になる】という子供の頃からの夢を、還暦を迎えるまで強固に保ち続けた。勤め先の銀行を退職した後、ついにはUFO研究家になってしまった。
僕の方は「ミュージシャンになる」という夢を8年前に凍結したままである。「若気の至りだった」と自分に言い聞かせ、あの2年間の事は忘れようと心掛けてきた。だが、本当にそれでよかったのだろうか?何かを決定的に間違えているような気がしていた。このまま年を重ねていけば、僕はひどく後悔するのではないだろうかと心のどこかで感じていた。
そんな事を思いつつ、タマエと1時間ほど呑んだ。最近では行かないような、安酒しか置いてない居酒屋だった。僕は妻とふたりでよく呑みに行くが、こんな店は絶対に選ばない。専らバーテンのいる、美味いカクテルを出すバーで呑んでいる。妻は洒落た店の方が好きだし、僕もさびれた居酒屋よりは高級感のある店の方が肌に合った。
サーバーの中で醗酵しているような酷い味の生ビールを呑み、腹を壊しそうな刺身盛りを食べる・・・この感覚は実に8年ぶりだった。音楽活動をしていた時はこんな店でばかり呑んでいた。
タマエは8年前と全く変わっていなかった。本当に何も変わっていなかったのでびっくりしてしまった。今でもタマエの家には、あの頃と同じように色々な人が寝泊りしているらしい。「深遠」のドラムだった男は、最近「終焉」という名のプログレッシブ・ロックバンドを結成し活動を続けているそうだ。どうやら死んでいなかったようである。
僕は随分と変わってしまった。腹は出てきたし、頭も少し禿げてきた気がする。すっかりサラリーマンといった風体になってしまった。
「全然変わってないんだな」と言うと、タマエは「ユタカちゃんは変わったねww」と笑った。
居酒屋を出た後、タマエとはそのまま別れた。タマエは終始上機嫌で「また呑もう」と言うと、阿佐ヶ谷のアーケード街の奥へと消えていった。
僕のあたまの中の「ひっかかり」は、取れることなく残ったままだった。
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