【食日記】蟹チャーハン篇

 ひさびさに食日記。

http://www.hitjapan.co.jp/chahan/index.html

 これは旨い。
 これまで俺は「炒飯」という食物になんの期待も寄せていなかった。
 「総じて炒飯は不味い」というのが、個人的な見解だった。はっきり言って、旨い炒飯は少ない。どこの中華料理屋で食べてもねちゃねちゃのご飯で、合成調味料の味しかしないものが殆どだ。正直な所、自分の手で作る炒飯が一番旨く、これ以上のものをこれまで外で食べた事がなかった。それも決して炒飯を食べたいから作るわけではなく、あくまで炒飯は、他に献立が思いつかなかった時の苦肉の策であった。

 が、ここの炒飯は旨かった。俺は別にこの店の回し者ではないが、是非お勧めしたい。ラッシュ時は行列ができており並ぶのがウザいが、一度は食べる価値がある。
 炒飯は美味しく作るのが難しい。その理由は、ライスと炒飯では米の最適な条件が全く違うからだ。ライス用に作られた品種の米は風味を楽しむために特化して改良されているため、大粒でやわらかい。炒飯にあう米は、もっと小粒で固い品種なのだ。
 また、炒飯を作るためには米を固めに炊かなくてはいけない。ライス用よりも水は少なめにして、早めに炊き上げる。こうしなくては米粒がやわらかくなり、炒飯には不適合な炊き上がりになってしまう。

 普通、どこの中華料理屋でも炒飯の為にわざわざ米を炊いたりしない。炒飯をライスと同じ炊飯器の米で作っている。これでは絶対に炒飯を美味しく作る事はできない。炒飯をおいしく作る為には、炒飯に最適な米を、最適な水加減で、最適な固さに炊き上げなくてはいけないのである。その為にはどうしてもライス用と炒飯用に、ふたつの炊飯器が必要になる。だが、このような選択は通常の中華料理店ではコスト的に不可能だ。炒飯だけの為にここまでの手間と費用をかけていては店が潰れてしまう。
 そこでこの店である。この店は「炒飯専門店」なのだ。この店のメニューには、ラーメンもなければライスもない。あくまで主役は炒飯の店なのである。このコンセプトによってのみ、炒飯に特化した米の扱いが可能になるのだ。

 この店で炒飯を頼んだら、まずは炒飯のルックスに注目して欲しい。普通の中華料理屋で出される炒飯はドーム上の形をしている。だが、この店の炒飯はその形をしていない。深めの皿に雑然と盛られている。ご飯の粒が細かく、高い火力で極限まで水分を飛ばしているため、パラパラになってしまいドーム状にするのは不可能なのだ。実は、ドーム状の形をした炒飯は、見た目は美しいが総じて不味い。ドーム上の形をしているという事は、蓋をかぶせて圧力をかけているということだ。こんなことをしては米粒同士がくっついてしまい、炒飯には必要不可欠な「パラパラ感」が減衰してしまう。しかし、この雑然とした盛られ方こそが、旨い炒飯の証なのである。

 これまで俺は「炒飯」という食物を軽視していたが、この店の炒飯を食べてみて考えを改めさせられた。そろそろラーメン道は底が見えてきたし、これからは炒飯道を極めてみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【BOSS・冬のくつろぎ】

最近缶コーヒーを飲もうと思い立つと、
98%位の確率で
BOSS「冬のくつろぎ」を買ってしまう。
別に味が良い訳ではない。
味だけで言えばfireが一番旨いと思うのだが、
「冬のくつろぎ」という
ネーミングの誘惑に負けてしまうのだ。

まず「冬」だ。
俺は季節の言葉が入っている商品に弱い
「冬専用ビール」とか「冬限定チョコレート」とか
書かれると、ついそこに手が伸びてしまう。
パブロフの犬の如く、条件反射的にそれを購入してしまっている。
次に「くつろぎ」だ。
俺がコーヒーを飲む際の動機は十中八九くつろぎたいからである
故に、これみよがしに「くつろぎ」と
書かれたパッケージが視界に入ってしまうと
それを選択せざるを得ない。
他のコーヒーは「くつろぐ」目的の為に
製造されたコーヒーではないわけであり
「冬のくつろぎ」は文字通り「くつろぐ」為に
作れられているのだから、
それに特化した成分構成になっているに違いないと
無意識的に感じてしまうのだ。
飲んでみると別になんという事はない。
他のBOSSと大差ない味なんだけれど、
サントリーの自販機の前に立つと
どうしても「冬のくつろぎ」を買ってしまう。
間違っても「地中海ブレンド」には手を出さない。

そういうくだらないことを考えていたら、
食物に関して異常な程シチュエーションに弱い自分に気が付いた。
温泉旅行に行き、土産に饅頭などを購入すると
箱の中に入っている紹介文
CDで言うところのライナーノーツみたいなアレの事だが、
食べる前に必ず熟読してしまっている。

「~饅頭は天保八年(1837年)弊店の初代伊部屋永吉が(中略)
~饅頭の名称は、当店が岡山城大手門の附近にあったため
藩侯からいただいたと伝えられております。」

などという饅頭の由来を読むと、
饅頭の旨さが二十倍くらい増幅する気がするからだ。

「こだわりの製法」とか、
「受け継がれしニ百年の伝統」とか、
「本格」とか「本場の」という言葉にも実に弱い。

「安心・安全なソーセージ」と「本場の味・本格派ソーセージ」

どちらかを選べと言われたら間違いなく後者を選択する。
中身が同じものだったとしても、
コロっと騙されてしまうに違いない。
これでは企業のイメージ戦略に操られて
右往左往するレミングスの如き迷える子羊的存在、
端的に言えば「いいカモ」以外の何者でも無いが
この傾向を直す気は毛頭無い。

これからもどんどんシチュエーションに騙されていこうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食日記【ラーメン雑記】

    1

昨日ひさしぶりにインスタントラーメンを食べてみた。

http://www.sej.co.jp/shohin/meiten_004.html

はっきり言って、旨い。
現在インスタントラーメンのひとつの方向として

「ホンモノの味にどこまで近づけるか」

という追求が、多くの企業によってなされているが
その研鑽、努力、工夫には頭が下がる思いである。
最早チェーン店系のラーメンでは
太刀打ちできない域にまで到達していると思う。
個人店舗であっても生半可な気持ちでは勝てないだろう。
それ程までにインスタントラーメンは進化している。

魚貝系のダシに上品な醤油味のスープに
適度にコシのある麺

特にこだわりがなく、
「なんとなくラーメンが食べたいな」という時はもうこれでいい。
わざわざ外に出掛けていく手間が省けるし、安価だ。
298円という値段設定はギリギリのラインだろう
インスタントであることを思うと、やや高く感じるが
これよりまずいラーメンを倍以上の値段で出す店はいくらでもある。
この値段ならば「買い」であろう。
同シリーズで別商品もあるようだから、機会があれば食べてみようかと思う。

            2

で、今日は以前から行きたかったラーメン屋に行ってきた。
夫婦が経営している、個人店舗の店である。
自宅の一部を改装して、店舗代わりに使っている。
近年、組織に所属することで産まれる人間関係の軋轢を避けたいが為に、
店舗を自宅内に作ってしまうなどして
ギリギリまでコストを切り詰め、
個人経営の店を始める人たちが増えている。
誰に気兼ねすることもなく、
存分に自分のこだわりを追求したいということだろう
個人的には非常に嬉しい限りである。
俺はそういった人々の「こだわり」を味わいたいが為に
美食の道を歩んでいるのだ。
言わば店主達の内にある「美学」を食べるためにあちこちに足を
運んでいるといって良い。

今日行った店は、まだまだの店であった。
この店の個性は「鶏」にあった。
チャーシューがスモークされた鶏の肉なのだ。
これが、単体では旨いのだがラーメンとの相性は
はっきり言ってよくない。
燻製特有の芳香がスープの個性を消してしまっている。
実は「コク」とか「味わい」という感覚は
その大部分が香りに拠っている。
だからラーメンスープの持つ旨みというものは、
匂いの強いものと掛け合わせると潰されてしまう。

それ以前に、ラーメン単体の完成度もまだ甘かった。
可能性は感じるが、全体として調和していない
どこかちぐはぐな味がした。

ラーメンのクオリティは恐ろしい速度で進化している。
中途半端な気持ちでは生き残れない、厳しい世界である。
今後も研究を続けて、次回こそは俺に感動を与えて欲しい。

さて恒例のその店がどこにあるか、だが―
「まずい」と論じている店を紹介しても意味がないので、書かない。

| | コメント (0)