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2011年6月25日 (土)

雑記

 近頃は何をしていてもそれなりに面白く感じてしまうんだけど、昔のように深い感動を覚えることがなくなっている。
 
 そういう状況に「こんな事じゃ駄目だ」っていう危機感は覚える。一方で流れに逆らっても上手くいかないってことを今では痛いくらいに理解している。
 だから終始ニヤケ面で、幸せなフリを突き通すのだ。レッツ・ポジティブシンキング。実際の所そんなに気分が悪いわけじゃない。今では僕はかなりのレベルまで自分の感情をコントロールできる。少々嫌なことがあったって、気分を変えることくらい訳のない話だ。コーヒーを飲んで、深呼吸すれば、痛みは収まっている。
 
 けれどもいつだって心のどこかで叫んでいる。「飛びたい。飛びたい。逃げ出したい。こんなのは本当の人生じゃない。」その声にもきっと一抹の理がある。今僕がいる場所は多分人生の袋小路だ。絶望がない代わりに希望もない。いつだって気分は80点。空は晴れてるんだけど、嫌な所に雲が浮いていて、胸を張って幸せだとはどうしても言えない。

 そんな感じの日々。

 

2010年8月 8日 (日)

「夢」有害説

 ついに結論らしいものに達した気がする。

「何らかの夢を持ち、それに向かって努力することは、殆どの場合人生に幸福をもたらさない。それどころか、不幸ばかりを引き起こす。」

 これが真理っぽい。
 まあ、本当のとこは僕にもわかんないんだけど。

 夢は不安を引き寄せる。夢を持った瞬間から人は

「自分には夢を実現するだけの能力がないのではないか?」
「夢に向かって着実にステップアップできているか」

 という不安や焦りと戦わなくてはいけなくなる。

 問題なのは、不安や焦りといった感情は、人間の潜在能力を大きく限定しまうってこと。失敗に怯えていたり、焦っている状態では本来の力は絶対に出せない。
 皮肉なことに、夢を叶えようとすればするほど、夢を実現する能力が下がってしまうのである。

 まあ、この世界の99%は皮肉で出来てるので、これは驚くに値しない。この宇宙を仕様を作った「神様」とかいう野郎は、僕の389億倍位は皮肉屋で天邪鬼なので、受け入れるしかない。奴は僕達人間が悩み苦しむのを観察するのが至上の楽しみなのだ。そういう世界に生まれてしまったことを嘆くしかない。


 だけど一方で、この世の中には夢を実現して成功を収め、有名になったり金持ちになったりして、幸せそうに見える人たちが沢山いる。イチローとか浅田真央とかいっつもサンバイザーつけてるゴルフ高校生とか、ごめん、名前失念した。よく分からんが、なんか恥ずかしいんで例を挙げるのはこの位にしておく。
 とにかく、夢有害説ではこの人達の人生に説明がつかない。

 それでは、ある種の人間だけは、夢を持っても幸福になれるんだろうか。つまりは一部の「選ばれた天才」だけは、夢や目標を「努力する」ことによって実現できる能力を持っているのだろうか。

 個人的にはそれも違うと考えている。
 根拠はないけど、直感的にそう思うのだ。
 なんというか、そのロジックは美しくない。全宇宙最高の皮肉屋である神が、そんな単純なロジックで満足するはずがないのだ。


 恐らくこの世界には「夢を叶える」ことができる条件が存在する。
 それは多分、

「ある事を好きで仕方がない人間が、何も考えずに特定の活動に没頭しており、その結果として夢を叶えざるを得なくなった場合」
  

 だ。この条件を満たした場合にのみ、幸運の女神が我々に微笑むんじゃないだろうか。世の中で「夢を叶えて成功している」と言われている人間は、僕の知っている限り全員がこのケースに当てはまる。

 だから何事においても「夢ありき」ってのはやめた方がいい。確実に不幸になる。
 最初に夢を設定するのではなく、好きなことを見つけて、それに没頭するのだ。

 そうしていると、必然的に「夢を叶えなければいけない瞬間」ってのがやってくる。

 そもそも「夢の為に何かする」ってのは、その時点で既にちょっと不純だ。それは「夢がなければその何かをしない」ってことと同義で、ということは「本当はその何かを愛していない」ってことだから。





 と、思うんだよね、近頃。

2010年8月 5日 (木)

世捨て人雑記

 先日、とある友人に「金の正体は何か?」と問われ、一晩考えた。
 そんでもって出た答えは

「金の正体は、神である」

 だった。

 資本主義は、19世紀に出現した新興宗教である。この宗教の狂信者たちは「金」という名前の神を崇拝している。彼らは「労働」と呼ばれる儀式を行い、神に血と汗を捧げる。その対価として紙幣や貨幣を得ることで、徳業を積むことができると考えているのが特徴だ。
 彼らの多くは「働くことは美徳である」と盲目的に信じており、また経済活動に参加しない者は地獄に落ちると思っている。
 
「資本主義教」の構造は実にオーソドックスで、極めて単純で原始的、典型的な宗教のいち形態である。その構造は、中世のキリスト教やイスラム原理主義と酷似している。
 その根底にあるのは「賞罰の原理」である。
 端的にいえば

「良いことをすれば褒美を与えられ、悪いことをすれば罰が下る」

 というものだ。何が「良いこと」で何が「悪いこと」なのかということについては、信者達は考えない。誰か偉い人が決めてくれるか、はじめから決まっていると思い込んでいる。このため、賞罰の原理は大衆をマインドコントロールするのにとても都合がよく、しばしば時の権力者によって利用される。

「資本主義教」の問題は、信者たちがそれを宗教だとは認識していない点にある。自分達を「近代的、合理的な考えの持ち主である」と信じており、迷信や妄想に囚われているとは思っていない。それどころか彼らの多くは、自らを無神論者であるとさえ考えている。
 
 資本主義教の信者達は偶像崇拝を嫌う。イスラム教徒が一日に何度もキブラに向かって礼拝を行うのを見て「非科学的だ」と感じる。また吉方位や仏滅、大安といった暦注についても「馬鹿げた迷信」と考えているが、自分達が同じくらい非科学的で馬鹿げた迷信に囚われ、偶像を崇拝している可能性については全く考慮しない。

 これが、資本主義教の教徒達が狂信者たる所以である。彼らの多くは極めて排他的で、自分達の教義こそが最も正しいと信じて疑わない。
 
 コペルニクスが地動説を唱えたとき、天動説を信じていた人々は「そんなことがあるわけがない」と一笑に臥した。

 パラダイムシフトについていけない人間は、いつの時代にも存在する。







 うんこ。



2010年7月 7日 (水)

傷だらけの近況。

 嘘。

 別に傷だらけでもなんでもない。単に「傷だらけ」っていう言葉を使ってみたかっただけ。もしかすると同情交じりの注目を買いたかったのかもしれなくて、しばし自己嫌悪に浸る。

 このごろ見たり読んだりしたものを下記に記す。

●小説…「バンギャル・ア・ゴーゴー」
 ここしばらくミヒャエル・エンデばかり読んでて、ファンタジー脳になりつつあった己に喝を入れる上で極めて現代的な作家の小説を読んでみたのだが。

 やられた。

 この小説を読んで雨宮処凛に対する見方は180度転換した。それまでニートとか、ワープアとか、社会的弱者を食い物にして生き残りを図るあざとい作家というイメージしかなかったんだけど、小説家としては物凄く優秀だ。構成、キャラクター、セリフ回し、全てにおいてケチのつけようがない。あえて重箱の隅を突くとするなら、ラストでの風呂敷の畳み方がちょっとお粗末だったかなってことくらい。
 でも、そんなこと気にならない位にこの作品は面白い。小説を読んでマジで鳥肌が立ったのはドストエフスキーの「罪と罰」以来で、ということは、少なくともこの作品を書いている瞬間、雨宮処凛は19世紀の世界を代表する作家と同じレベルにいたという事になる。

「あくまで僕の中では」という但し書きがつくけど。
 

●映画1… 「ゼロの焦点」
 兎にも角にも広末涼子と木村多江な映画。脚本が色々とおかしいが、恐らくそれは松本清張の原作のせいだと思う。画は綺麗だし役者の演技は素晴らしいので、観て損はなかった。
 この流れで次は「東京島」を観てみたい。

●映画2… 「28日後」
 ついさっき観終わったとこ。面白い。とても面白いと思う。僕はロメロ原理主義者なのでゾンビが走る映画にはすごく抵抗があるんだけど、これはゾンビ映画ではなく、サバイバル映画のような気がするので許容できる。
 脚本的には無茶苦茶なんだけど、不思議なリアリティがある。映画におけるリアリティというのは、心理描写の巧みさとは違ったところにあるんだろう。

 それが何なのかは、ちょっと僕には分からない。

●ドラマ1…「ゲゲゲの女房」
 面白いけど、ちょっと間延びしてきたかなあって感じ。でも観る。最早ゲゲゲを観ないと朝を迎えられない自分がいる。太陽が昇っても朝になった気がしない。会社に行く気力が湧いてこない。

 なんていうか、毎朝飲んでるコーヒーと同じものになりつつある。
 一日をそこそこポジティブに生きるための、カタパルト的な何か。


●ドラマ2…「新参者」
 すんげーつまんなかった。
 ていうか被害者の息子が水木しげるにしか見えねーし。


 以上。
 それではまた!!!!

2009年2月20日 (金)

机上の空論

「会社」というものに入り「社会」とかいうやつに属して一年が過ぎようとしている。

 思ったよりも「社会」というものは腐っていた。腐りきっていた。
 それが痛いほど理解できた。あくまで就職を拒み続けた僕の選択は、圧倒的に正しかったのだと今になって痛感する。

 誰が悪いわけでもない。社会構造の老化が、どうにもならない所まできているというだけの話だ。どう考えても、日本は一度ゼロ状態まで戻らなくてはいけない。大企業が全て倒産し、無政府状態となって初めて、まっとうに人間が生きられる世の中が戻るだろう。その意味で、現在起こっている大不況は、実に好ましいものだ。もっともっと不況が進み、産業の全てが無に帰すことを願っている。

 これまで日本は何度もこのような状況を経験してきた。社会構造が成熟すると、必ず既得権益を得る層が産まれ、経済に悪影響を与える。そして既得権益層の増長がある臨界点に達したとき、革命が起こってきた。大化の改新から明治維新に至るまで、全ての革命の目的は既得権益層から富を奪い取ることにあった。

 現代日本における最大の問題は、システムの疲弊が進み、既得権益層の拡大が経済を蝕み、既に崩壊寸前の領域にまで達しているにも関わらず、いつまで経っても革命が起こらない点にある。
 それは何故かといえば、人を殺せないからだ。これまで起こった全ての革命は、既得権益層を殺し、力づくで富を奪い取ることで成立してきた。それが今の世の中では倫理的に絶対に許されない。人を殺して金を奪う行為は、現代社会においてはすべからく犯罪として扱われるのである。

 このことに異論を唱える気は無い。やはり殺人をもって問題を解決しようとするのは間違っていると、現代を生き、日本に住む僕は思う。先進国の人間は、発展途上国の人間よりも人命を尊重する。文明人は簡単に人を殺さないのだ。それは、純粋に進化だと信じたい。

 では、どうすればいいのか?どうすれば社会を閉塞から解放することができるのか?
 武力による革命が難しくなった現在、一体どうすれば既得権益層を滅ぼし、経済を正常な状態に回復させることができるのだろうか?

 うむ。
 とりとめもない雑想。何も生み出すことはないであろう思考の空回り。
 まさに机上の空論だ。
 僕はこれでいい。 この道を僕は行けばいい。

 机上の空論を極めよう。

2008年4月19日 (土)

【日記】曲作り

シャミの家で、久々に曲作りをした。
 なかなかによいものが出来そうな気配がある。これまでならば絶対に書かなかった歌詞を書いてみた。

 僕は、人間の内に潜む醜いものや、隠しておきたいものを引きずり出して白日の下に晒し、見たくもない現実を他者に突きつけることを己の仕事と考えてきた。特に、音楽活動に関してはこの傾向が強い。だから歌詞を書くときは「人の嫌がる顔や苦々しい表情をイメージしながら言葉を紡いでいく」という手法を貫いてきた。
 本日はこのやり方を用いず、今までタブーとしてきた「人の喜ぶ顔を思い浮かべて書く」という事をやってみた。慣れない作業をするのは骨が折れるが、たまにはこんな余興も悪くない。
 自分の中で最大の禁じ手であった「就職」というカードを切ってしまった今となっては、多くのこだわりが無用なものとなった。最早自分を縛る必要はない。気分と流れに任せて、好き勝手やってやろうと思った。

 その後はカニクリームコロッケが旨くて安い定食屋で飯を食いながら、シャミと生臭い話をした。シャミと会話すると「金」「権力」「既得権益」「器量」etc…と、どうも生臭い話題ばかりがテーマとなる。本も漫画も音楽も趣味が違うが「金と権力と既得権益を心から愛している」という点では共通しているから、必然的にそうなるのだ。この共通点をもって天誅を10年も続けてきたのである。
 もっともシャミは「金と権力」そのものを愛し、心から欲しているのに対し、僕は金と権力に溺れる人間の醜さを愛してやまないという点では、少しばかり事情が違っている。僕は権力はめんどくさいからいらない。指一本で全人類の生殺与奪を決定できるくらいの絶対的権力ならば欲しいかもしれないが、そんなものは現実的に手に入らないので、いらない。こんなふうに安全圏から重箱の隅をつつくような誹謗中傷を繰り返している方が気楽でいい。現場に深く関わるといらぬ責任が生じる。無責任な立場ほど自由なものはない。願わくば気が済むまで野次を飛ばす外野の位置でいたい。それはそれで寂しいことかもしれないが、自由を失うよりは余程マシである…
 
 などということを頭の片隅で考えながら雑談に興じていたら、定食屋の亭主に怖い顔で

「いい加減出てってくれ。客がつっかえてるんだ」

 という旨の事を言われたので、ばつの悪い空気を残したまま定食屋を後にし、帰途についた。

 
 有意義な一日だった。

2008年3月31日 (月)

【近況】明日から会社員

 漫画家としての仕事をざっくりと片付けてきました。
 原稿、なんとか編集氏にOKと言ってもらえるレベルに仕上げられたみたいなのでよかった。
 
 さて明日からは会社員です。といっても、まだ会社員見習い…戦力になりそうだったら格上げしてくれるそうです。俺ははたして「正社員」の称号を獲得できるでしょうか?とりあえず「資格をとれ」との指令を受けているのでお勉強してます。
 それにしても、「正社員」の称号を手に入れる為に「資格をとる」というクエストをクリアしなければならないとは・・・完全にRPGじゃないか…!!!そうか、「正社員」の称号を手に入れると獲得するゴールド(日本銀行券)が上がって強い装備(車とか)が購入できるわけなんだな…!ということは履歴書はステータス表だったのか!!世界観がファンタジーとかサイバーパンクじゃないだけでやることは同じっすね。昔から「人生はゲームに過ぎない」と思っていたけど、いよいよゲームじみてきたなあ。

 なんとなく、このゲームをものすごく楽しんでしまいそうな自分が恐ろしい春の一日でありました。
 

2008年3月28日 (金)

漫画

 漫画の仕事してます。嫁と2人体勢でフルデジタル作画っす。カラーなので枚数の割に結構きついwほいでも出勤日までにはなんとか脱稿したいです。半年くらいマトモに描いてなかったから腕が落ちてるかなーと思ってたけど、描き始めて5時間位でカンが戻りました。俺は絵が上手い人ではないので、そんなにストイックになんなくてもいいみたいですわい。全っ然変わってないでやんの…
 サンデーに通っていた頃、渡された教則本の中で高橋留美子が「3日握らないとペン入れの能力が激減する」とか吹いてたけどやっぱり大嘘でした。考えてみりゃあ犬夜叉のペン入れすげー汚いしな!騙されたぜ…!!人の言う事は大体アテになりません。何事もまず疑ってかかることが大切ですね。

 しかし、なんのかんの言ってもやっぱり漫画描くのって楽しいですな。今回のは編集との話し合いの中でネーム切ったし、絵も空気読んだ感じにしたから「いかにも商業」って漫画であります。ネームを嫁に読んでもらった時の第一声も、

「うわーーー!!!商業だなあーーー!!!!」

 でありましたw
 そんなわけで自分の作品って感じは全然ないけど、そんでも疼くものはありました。またエロ漫画でも描いてイベント出そうかな。一冊も売れそうもないマニアックな奴を作るのが一番楽しいんだよね!!
 俺は、人に喜ばれる漫画描くより、自分だけが楽しい漫画描いてる方が断然充実感あるのよなあ…。相変わらず「奉仕の精神」ってやつが全く産まれません。人の喜ぶ顔よりも嫌がる顔、苦々しい表情を見る方がゾクゾクする変態です。困ったものでございます。

 しかし、この仕事ほんとに続けられるんだろうか?会社行きながら資格試験受けて曲作ってライブして漫画描くって可能なのかいな…小説も書きたいしなあ。でも絶対徹夜はしない主義だしね。徹夜するくらいなら仕事を断る!!だってお肌に悪いんだもん!!!俺の優先順位は

 神の啓示>健康=家族>趣味>遊び>人間関係>仕事>暇潰し 

 だ!!!!!!

 …もしかして人間失格か!?

2007年11月25日 (日)

秋葉紀行

今日は友人と共に秋葉原へ行って来た。
以下その詳細。
        
1 ラブドール

初めに向かったのは、ラブドールの店である。
ラブドールと言うのは、端的に言えばダッチワイフの事である。

http://www.orient-doll.com/lineup/cg_diva/index.html

こいつを舐めるように観察し
この手で触れてきたが、生半可な出来ではない。
肌表面はなめらかなシリコンでできており、
人肌に酷似した、柔らかな感触を楽しめる。
表面は柔らかいが、内部は固く作ってある。
骨格がきちんと再現されているのだ。
この為姿勢の維持が可能であり、
望みのままのポーズを取らせる事ができる。
乳と尻の部分は他とは違い、非常に柔らかく出来ている。
これなら抱き心地は人間のそれに限りなく近付くだろう。
無論実用可能である。
ドールの局部に穴が開いており、
ここに付属のホールを装着することで擬似セックスが可能となる。
ホールの値段は12000円である。
一般的な使い捨てホールの相場が800円~3000円であることを
考えるとこの値段は高額すぎるように感じられるが
こういったものとは再現性がまったく違う。
ホールに指を突っ込んで感触を確かめてみたが、
温度以外ほぼ生身の人間のものと変わらない。
但し何度も使用すると裂けるらしい。
12000円で使い捨ては高すぎるような気もする。

このラブドールと言うやつ、
変態による、変態のための、変態的玩具に過ぎぬ
と思われるかもしれないが
障害者の行き場のない性欲解消用などに使われたりと
意外に社会に貢献もしているのだ。
こういうものの存在意義もある気がする。

死ぬ前に一度位は体験してみたい…と言ったら変態扱いですか。
そうですか。
いや、別に全然いいけどね。変態だから。


2 有料トイレ


で、秋葉名所になりつつある駅前の有料トイレを初体験。
入場料に100円かかるトイレ。
受付が「只今満席となっておりますー」などと案内する
トイレは多分世界でここだけだろう。
アキバに限らず、繁華街のトイレは一様に汚いが、
このトイレだけは別世界である。
BGMにクラシックが流れ、
観葉植物が飾られた清潔な空間が広がっている。
これも一度は体験しといても損はないかな。


3 お約束コース

その後はひたすらフィギュア&同人音楽&同人誌漁り。
同人で音楽作る人もホントに増えたなーと感心する。
でも天誅とかFQTQとかバブルBとは全く方向性違うなあ
あくまでオタク世界限定の盛り上り重視
だからコンセプトは

「ゲーム、アニメの中の音楽を生演奏とか高速テクノでやってみる」か
「声優or地下アイドル志望のコスプレした女の子に歌唄わせる」

に殆ど限られる。最近これに

「初音ミクに卑猥な歌詞を歌わせる」

が加わった。
これはこれで面白いと思うけど、これ以上の広がりはないわな。
まあ広がりなんて求めないのがオタクのいいとこなのかにゃ。

ほいで、まんだらけ、とらのあな、メロンブックスetc…
とエロ同人誌を漁りまくったわけだが


グレンラガン本多すぎだろwww


グレンラガンってエロパロやるには向いてないと思うけどなあ…
ヨーコのせっくすとか見たいですか?僕は見たくありません。
共通の話題として通用すればいいってわけかい
またハルヒみたくばばーーっとエロパロ作りまくってブームを消費する
わけかよ…なんかおまえら最近、そんなんばっかだな…
それって楽しいのか?一時的に盛り上がれればそれでいいのか…?
俺やだなあ…永遠にハマり続けられる何かが欲しいのよ僕ちゃんは

とかなんとか考えつつ結局エロマンガを2冊程買って帰る。
なんか最近外出ると買うもんってエロマンガばっかだ。


4 お茶する。

一日中歩き回り、疲労困憊したため休憩がてら
コミティアで同人誌出してる人(社会的には限りなく無職っぽい)
がプロデュースしたというカフェに行く。

http://www.secondfactory.co.jp/

内装、従業員のコスチュームに始まってケーキまでデザインしたらしい。
ここのケーキはかなり旨い。
素人が考案したとはとても思えない旨さである。
ケーキ不毛地帯の秋葉にあってあの旨さは異常だ
ここは行ってみる価値ありよ

ていうか採算性無視してるっぽいから、興味ある人は早く行きましょう
多分すぐ潰れますwwwwww


5 総括


実に充実した一日であった
実に充実した一日だったが、振り返ってみるとエロばっかだった。
冷静かつ客観的に自分の行動を振り返ってみると
どうやら自分はド変態だということがよくわかった。


ああ、楽しかったなあ!!いい一日だった!!!!!!!!!

2006年12月 6日 (水)

真夜中のテンションというもの

曲作りマラソンお疲れ様でした。色々楽しかったであります。
近頃外に出てないので外に出るという刺激を頂き極めて有意義な
時間を過ごせました。関係者の方々見て頂いた方々、誠にありがとうございます

さて私はそんなこんなで漫画を描いておるわけですが
エロマンガ、エロマンガと来て次はファンタジー漫画を描いてみました。
ファンタジー漫画は、中学生の頃からの憧れであり、なんとか
形にしてみようと思いペンを握ってみるも挫折してしまう
僕にとっては高嶺の華の存在でありました。
3年前にも挑戦しましたが、やはり根気が続かず投げ出してしまったのであります

そこで今回は
「8Pにまとめる」
「下手糞になってもつまらなくなってもとにかく描き切る」という
決め事を作り、描いてみたのであります。
そしたら描けました。感無量であります。
なんだろう、すごく嬉しい。
別にこれが誰にも求められなくてもこの嬉しさはまったく揺るぎません。
何故なら他の誰でもない僕ちゃんが求めているからです。
ウケるとかウケないとか商品として成り立つかどうかなんて
この喜びの前にはぶっちゃけどうでもいいです。
28の男が漫画描きとしてこんなこと言ってていーのかどーか微妙だし
だからいつまで経ってもニートすれすれの生活をしてるのかもしんないけど
幸せだなあ

なんだろう。動揺しているのであります。この幸福感に動揺しておるのです
何をオレは満たされているのかと。
しかし好きなものを描くというのはとても楽しいのですよ。
自分の脳みその中の好きな物を形にできる快感といったらありませんよ。
それじゃダメなのかなあ?いや、ダメじゃないのか
そういうのを「趣味で描いてる」っていうのか。
でも僕には「趣味で描いてる」という意識は全く無い。
どうしても漫画が金にならんというなら
他で金を稼いで漫画を描く。
でもやっぱり漫画家を名乗るな。
どっかに就職しても漫画家という肩書きを外す気ないもん。
描くことに飽き飽きするまでは意地でも漫画家で通そうと思っているのよな。
紙と鉛筆さえあれば最低漫画は描けるしな。

それは「甘え」なのか?「社会人失格」なのか?
もうまったくわからないし、わかりたくもない。
他人にどう思われようが知ったことじゃないし、大して興味も無い。
「プロの厳しさがわかってない」って文句言うプロの漫画家がもしいるとしたら
俺と漫画対決しようじゃないかい。
この自惚れ屋の大バカ野郎に「プロの厳しさ」ってのを教えてくれよという気分だ。
なんだろうこの異様な高揚感は。矢でも鉄砲でももってこいという気分だ
ああこれが俗に言うキチガイってやつなのか。そうか僕はキチガイだったのか
実に爽快な気分だ。キチガイって楽しいなあ

てなわけでまったねーーー☆

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